満足、満足。過去方面の穴埋めがだいぶあって、そのわりに 「ゴースト」との連携がさっぱりわからないという理想的な 状態になった。戦闘関係は遠距離を多用していたらわりと ぬるかったけど、あまり心臓に悪いのばかりってのもアレだし こんなもんでしょう。
いやー、面白かった。なんだかんだいってアクションが華
だ。ラスの戦闘がかなり辛かった分、楽しかったです。
シナリオ的にもいろいろ新たに怪しいところが(と同時に落としどころも)
見えてたし、「幼馴染シナリオ」なので
「新たに判明した過去」も出てきた。おかげで
前のシナリオで不安を感じた全体構造も、かなり立てなおされてきてる。
それにしても、最後の戦闘が惜しいところまで行って 負けるのを繰り返しただけに、アドレナリンの影響で心拍数が あがってしょうがないんだが……首筋が凝ってしかたないよ。
神の一手の議論というのは、たとえば囲碁で
先攻、後攻どちらかを選んでしまえば、自分が最善の手を打つ限り勝負をしなくても勝負は決まるという話。
一対一で勝敗条件が同じなら立場が同じだからどちらが
有利というのは対称性によりありえない。それに、先攻後攻という対称性の破れをいれることに
よりどちらか一方だけが有利になる。
千日手が禁じられているから
盤面の大きさが有限ならどちらかが勝つことを保証できる。
つまり、どちらかが有利にならない、ということは定義によりあり得ない。
たとえば先攻が有利になるとすれば、後攻は n 手に一回 m 個の石を置ける、
というようなルール修正を加えるとする。m/n 比が高いほど、当然後攻が有利になる。
そして、m=p(n)〜p(n)+1 の境界面で相転移が起きて、後攻が有利になる。なるほど。
追記:先攻有利から先攻が有利でなくなるのはいいにしても、相転移が生じるとはいえない。
対称性の破れという言葉からの想像で相転移と書いてしまったが、秩序パラメータなどを
定義できない以上、相転移いう言い方は無意味。
はじめの方でバラ蒔いていたネタがだいたい使われて しまって、あれ?というところ。 もうちょっと仇討ちの話は引っ張って欲しかった。 彼女がバーサークした理由というのが一応の含みには なっているんだけど、あとの話を展開する力としては弱い。
これから幼なじみ方面に行くとなんとかという企業の話が、 テロリスト方面に行くと彼らの事情が明らかになって 最後に……なんだろうなあ。このまま進むとすると、 ストーリーの連携が弱くて最後まで盛り上がらないかもしれない。
関係ないけど、ネタは撒くものなんだろうか、蒔くものなんだろうか。 上だと伏線という意味で「ネタ」と言っているから「蒔く」と 書いたけど、一般には撒くものな気がする。
まず、第1章。こりゃ面白い。アクションRPG 的なしかけの 上でストーリーが進むだけでずいぶんと印象が違いますね。 「突入するぜ!」とか「罠か!」とか、文章だけでは表現するのが 難しい情動が実際にキャラクターが動いているだけで強い説得力を 持つ。ストーリーも設定もありがちなものでは あるけど、あまりエキセントリックなものを持ってくる必要もない。 「あー、こいつすぐ死ぬだろうなあ」と思ったら本当に死ぬあたりが お約束。最後に復活するってのもありえるか。
ということで、メガネの人のEnd 。面白うございました。 最後の敵への対応で Bad / Good なのか、まだ分岐が あるのかはよくわからない。後半が微妙にダレるのもお約束か。 まあ、これはTrue ルートに近くなるほど後半にネタバラシが 入って面白くなるでしょう。
途中、隊長と戦うところであっさり負けて「これは絶対に負かされるのか?」と 思ったけど、どうもこのゲームでそういうのはなさそう。敵は自分の方に 誘導されるから、一人での戦いなら円状に動いて敵の軌道を単純な形に してしまえば、各個撃破なり遠距離射撃なりで勝てるだろう。 この辺は次のシナリオで。
そういえば、最初の起動時に Windows 巻き込んで一回落ちた。 それ以降は起きてないから大丈夫かもしれないけど、最新バージョンでも 多少怪しいところがあるのかもしれない。
そうそう、わすれてた。操作系というか、システムは最高に近い出来だと 思う。あえて欠点を挙げればゲームをロードしたときにバックログで前の記事を参照できない くらいだろう。なにしろかっこよくてゲームの雰囲気にマッチしている。
成立事情については唖然とした。収束系ミステリだと思い込んでいて 肩透かし食ったんだけど、独立に5つの話を書いたせいで設定の微妙に 違う話が5つならぶ結果になったらしい。完全に深読みだ。 だとすると、「月蝕」はむしろ最初に書かれた可能性もあるわけか。
翡翠ルートのラストは京極さんの女郎蜘蛛と似ているらしい。 館物で召使いによる計画殺人ってのはわりとありがちじゃないかと いう気はするが、最近の(しかも、ほぼ確実にもっと上手いだろう)小説と ネタがかぶるんじゃ、そういわれてもしかたないだろう。 あの手に話で、実は私が黒幕なのと言われて「なにー、そそそ、そーゆーことかー」 ってならないんじゃ。
琥珀ルートはほぼ完全な後付けらしい。翡翠ルートとかなり 後の方まで同じだったのは労力削減か? シキ・秋葉方面の話がむちゃくちゃなので、 どうせなら最初の選択肢以降全部作り直して設定ネタバレ 全開オールスター出演の話にすりゃよかったのに。
結局、まともに評価できるのは秋葉ルートの 途中までと吸血鬼系のネロ戦まで。 文章は長いわりに読みにくくないし、あちこちに 光るところはあるから評価はできるんだが、全体として 穴だらけでストーリーを考えるとかいう作業を不可能にしている。 だらだらと文章を読むのも嫌いじゃないが、行間探しの作業の方が好きだから、 こうだとどうも評価が辛くなる。去年やったゲームで比べれば、 水月ほどきちんと出来てないけどそれ散るみたいに破綻はしてない、 きちんと作られたゲームとしてはちょうど中程度の標準作だと思う。
ちなみに、苺電波読本で「絵はやはり同人レベルで頭身がそろってない」という 話があったが、個人的にはそれは魅力の方にはいる。普通のゲームでは 作業量軽減のために可能な限り立ち絵のパーツ化を進めていると おもうんだけど、このゲームでは「書き下ろし」と思われる立ち絵が 多くて、おかげで魅力的な絵が増えていると思う。
殺人鬼と酌み交わす酒コーヒーの話は
好き。それからしばらく主人公の殺人鬼化が
進むのも、いままでと微妙な捻じれがあって
面白かった。最後までシナリオをみると
この部分の解釈に苦しむ(さらにいえば、
弓塚関係の夢の解釈にも苦しむ)のだが、
まあ面白いからいいや。
琥珀さんまわりもなかなかいい。翡翠シナリオで ネタは明かされているから、 どこでリボン返すんだろ、どこで主人公は気づく んだろ、と観客の立場として楽しめる。 そしてリボンを返すところのさりげなさ。「あ、そういえば」 とかいってあっさり返すの、いいねえ。 あと、琥珀さんはエッチシーンもいい。「二画面キター」とか 叫んでしまったのは僕だけじゃないだろう。 着物エッチの要である鎖骨も堪能できたし、二回目の エッチで「君の体じゃない、心が欲しいんだ」ってのもいい。
最後の戦闘。「戦闘中にぐだぐだしゃべるなんてあいつは阿呆か?」とか 主人公が言うのに苦笑。作者の人、わかってるならやるなって。 そして、明らかに都合の良すぎるエピソードを経て、 秋葉と俺と琥珀は、一応全員が生きているエンディングに たどりついたかと思った。夢を見ている……琥珀さんも秋葉も 幸せに生きている夢を、と。
月蝕。さて、本番だ。どう来る?
って、あれ?幕が降りてカーテンコール「主人公による総括」が 始まってしまった。しかもこれは、吸血鬼側ルートの総括だろう。 吸血鬼側ルートは「事件に巻き込まれた主人公はナイフを手にとることを決意した」という話 だから、
「単調な日々も楽しかった」という、多少虚無的な 会話が成立しうる。
「でも、ナイフを手に取らなくてもよかったのに」
「いや、結局のところ死ぬまで生きるだけですよ」
「単調な日々も楽しかった」というように 読み替えるべきなんだろうか。それなら、一応の総括にはなる。
(そんな日常が始まったのは先生の行為によるものだ)
「でも、それを楽しいと思っているのは悲惨な人生だ」
(しかし、そのように育ってしまったのだからいまさら変わりようもない)
「いや、結局のところ死ぬまで生きるだけですよ」
って、これじゃメガネ娘は増えてもメガネそのものが忌避されるアイテムに なってしまうからダメか。
エッチシーンで「おまえを愛してるんだー」(ドクドクドク)
とかやってるのをみて大笑い。その後、「おお、歩けるぞ、ならば学校に行かねば!」
とかいうのにも大笑い。さらに、シキ・秋葉戦を傍観しつつ「琥珀さんを殺せば
秋葉はうごけなくなるのだ」とか解説してしまう主人公に笑う。阿呆すぎる……
血染めの琥珀さんが良い。翡翠ルートと称しつつ 翡翠の影は非常に薄くて、むしろ琥珀表ルートとでも いった方がよさそう。翡翠は変な過去もなければ 影のある女というわけでもないので、主役には適してないんだろう。
んで、End付近。琥珀さん、語りたいことがいろいろ あるのはわかるけど、2,3言で語ってください。 さらに最後の最後。翡翠まで語りだすし。毎度のこととはいえ、 なんとかならんのかなあ。
Good End の最後の方、七夜とか草原とかは思わせぶり。 最後に残った琥珀ルートの事実上の導入部になっているのかもしれない。 あと、おそらく吸血鬼ルートの補完がないだろうと思われるのは残念。 アルクの設定まわりの穴埋めが残っているかと思っていたんだけど。
朝方に小人さんがゴミを出してくれたらしく、 台所のゴミ集積地周辺がひっちゃかめっちゃかになっていた。 夕方近くなっても微妙に頭が重い。うーむ、もっと肝臓を鍛えねば。
ゲームの方も記憶が曖昧なんだが、曖昧にしか記憶に残せない内容 だったとも言える。さっちん殺害付近をさらっと流されて その後も吸血鬼ネタからどんどん離れていき、今は 「ベッドから離れられない僕の世話をしてくれるメイドさんハァハァ」 な状態。作者はなにをやりたいんだろう。
因果の転倒。「姉弟」は幼い頃に両親の離婚で離ればなれになり、会うこともなかった。 それから10年。生き別れの母が不治の病に倒れたとの報を受け取る。 初めてみる母の故郷、しかしそこには姉の姿はなかった。親戚は皆、口を そろえて姉などいないという。首をかしげる彼の前に、「幼なじみ」の 少女が現れる。なぜこんなところに?と問えば、彼はここで 育ったんじゃないかという。食い違う記憶。どうしても思い出せない、彼女の名前。別れてから 思い出した彼女の名は、姉の名前だった。いや、そんなはずがない。 いままで姉の名も忘れていた。彼女の顔は記憶の中の姉と同じだ と断言できるが、考えてみれば姉の顔など覚えているはずがない。 自分の記憶に自信がなくなる。今、目の前に立っている学校は、そういえば 通った記憶がある。あの頃、手をひっぱってくれた彼女は 姉なのか、幼なじみなのか、あるいは?
記憶ネタがはいると陳腐になる。ということで神林方面、「我語りて世界あり」へ設定変化。
俺は不治の病にかかっている。毎日、起きるたびに彼女との関係が 変わる。ある日は幼なじみ。一緒の家に寝てみたら次の日は姉弟になっていた。 つぎは親子か?。俺達二人だけが、それに気付いている。まわりの奴等は 変わった関係を変わったとも気付かない。いや、奴等から見れば、 俺は毎日記憶を失っているのだ。昨日、なにをしていたか?知るはず がないだろう。昨日も明日も俺はいないんだから。
うーむ、やはりいまいち。元が陳腐だとダメか……
バクスターはSF作家としてはともかく、作家としての技量は いまいちだと思っていたからだろうか、足をすくわれた。 副題である「ジーリー・クロニクル」からして嘘で、 これは「アンチ・ジーリー・クロニクル」だろう。 といいつつ、作中にも「アンチ・ジーリー」が出てきてしまうのが また、この作品集の素晴らしいところ。むしろ日本語で 「抗ジーリークロニクル」とでもするべきか。
まあ、それでも昨日、「プランク・ゼロ」がこの作品集の 結び目であることを指摘できていただけマシではある。 地球上の一千倍の重力!とか言って物理定数をいじるのを 趣味にしているバクスターからしてみれば、物理定数の いじり方をネタにした短編というのはまさに連作長編の 中では結び目となる存在となる。 それにしても、この作品集のアイデアの核となっただろう、最後の 方の「ジーリー終末もの」を贅沢に使い捨てたものだ。
短編集としてみた場合、バクスターの欠点が 良く現れた作品集だとも思う。最初の方の「知性物」の作品は どれも話の進め方がおなじでうんざりするし、中盤の宇宙開発 ものはA.C.クラークのアイデア小品をみるような既視感を覚える。 クラークは個人的に大好きだからいいんだけど。また、ヤンキーよりは ましにしてもイギリス人もやはり楽天的で、開放感がある。
また、アイデアよりも科学によりかかっていると思う。 この本の短編を反面教師として見れば、良いSF というのは素晴らしい アイデアの欠点を削り取るために科学を利用するものだろう。 こうした「良いSF」に見られる、奇想天外な仕掛けを読者に 否定しにくく描いてしまう旨さというのは、どこにも見られない。 むしろ、既存の科学の常識を打ち砕くことに -- それはむしろファンタジーの効用だろうが-- 力を用いている ように思われる。
最後に、すこし驚いたこと。90年代ともなれば、サイバーなネタを 当然のこととして扱えるらしい。たとえばアシモフの宇宙帝国での ハイパー・スペース、あるいはポール・アンダーソンの時間航行みたいな もの。いまさら「どうだ!」と見せ付けるネタではなく、あたりまえの SF技術として人格ダウンロードが行われる。たしかにギブスン世代としては こんなものだけど、僕は少しオールド・タイプの血が残っているんだろうか。
こうして考えてみると、当然デフォ買いのつもりのソフトなのに全く情報を 集めていない。いつ出るかわからないソフトだし、集めたからといって なんらかの価値があるわけでもないが、こうしてある種の集積を 見せられればやはり驚きもする。
日記書いているだけだとリファラチェックが閉塞的になる。なんかしよう。
積ん読を調べてみたら、最近買ったのだと壁、少女コレクション序説、戦中派不戦日記、あと真空ダイアグラムが 読みかけ。本当に積んでいるのが澁澤訳の恋の罪と世界史序説(2)。10冊程度では、さすがに 積ん読部入部は無理か。積ん読を広く解して、 「読もうと思いつつ、近在の書店の棚を借りて未購入のまま預けている本」まで 含めれば100冊やそこら楽に行くのだが。
未読本を挙げてて思い出した。この前、真空ダイアグラム(というかプランク・ゼロ)を読んでいて ロボ娘におけるパラメータスライダの重要性 が理解できた。
プランク定数をゼロにする手法が重要なのではない。この本では大統一理論の応用で宇宙の開始点を作り出して 力の分離の過程でプランク定数を変化させて……なんて理屈をコネているけど、所詮はフィクションだ。 バーゲンダッツ機関だかなんだかをグワングワン動かすと光速が無限大に!というのと本質的には変わらない。 どうせなら、小松左京の短編「こういう宇宙」みたいにパラメータスライダーを動かしてプランク定数変えちゃえー という方がはるかにお手軽だ。重要なのは、ひき起こされるエネルギー準位の崩壊だとかワープ航法の実現だとかいう事件の方である。
ロボ娘……というか、エロゲー全般でも同じことだ。ロボ娘でのパラメータ・スライダに対応する人間での仕掛けとして、 クリトリスだのGスポットだのという「スイッチ」や麻薬、魔法その他「即効性の薬」は、無駄を排したエロゲーで 広く使われている。ところが、シリアスな話でこれをやるとなにかと文句が出る。しかたないから会話したり肌を擦ったりと、 それっぽくはあるが所詮はフィクションである無駄な部分が必要となり、萌え言動なりフェチシズムなりで場を持たせる 羽目になる。ロボ娘ではどうか?人間と同様の複雑さの仮定はそもそも無意味であり、人間と同じようなエロシーンは 制作者の想像力の不足を意味する。人造物であるという設定の適用をためらわなければ、パラメータスライダの 適用により簡潔かつ効果的なエロシーンが実現可能である。なるほど。
そういえば、中高生ターゲットだからといって内容のお子様化が 起きるんだろうか。もちろん、僕もつまらなかった本を評して 「中高生向けに書いているんだろう云々」と愚痴ることは ある。でも実際に中高生の頃読んで面白かったのに 今からみるとひどい出来という本は、というと思いつかない。 田中芳樹とか菊地秀行とか、「これは中高生向きだよな」と 思う本でも、面白かった本は今読んでも面白い。 あるいは、年齢差じゃなく世代の違いのせいで 面白いと思う内容の変化が生じているということなのか。
ゲームのタイトルを見ていたら、ふとシナプスがつながった。 「しろつめくさ話」か。FEP で変換すると白詰草と変換されるから そういうことだ。白い花弁を爪に見たてて白爪草と書く、と 思っていたが、オランダ渡りのガラス器の詰め物にクローバーが 使われていたので詰め草と名付けたらしい。日本で稲藁を詰め物にするのと 同じ感覚だろう。
ちょっとしらべてみると、 爪草 というのもある。学名に japonicaってあるくらいだから日本原産だろうか。 ありふれた野草ということで、たしかにそこらの石の間にこんなのが生えている気もする。 こちらは葉の形が鷹の爪みたいだから爪草、あるいは鷹の爪と呼ばれているらしい。 これも白い花を咲かせるんだから、白爪草と書いたら爪草に失礼だ、うん。