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夢の記録


3月31日

私の國語教室:読了

まず現代の新仮名遣いが旧仮名遣いと比較して口語に表面上 似せたという程度の不満足なものであり、考えなしに 作られたものであるという主張には全く異論なし。また、 そもそも観念を表現する手法として文字として書き表す手法と 口から音をだす手法が独立してあるのであるというのも 正しい。そして目からうろこが 落ちたのが「あ」という発音は「あ」と表記される必然性がある わけではないという指摘。文中の「い」が「ひ」と表記されるのは 不自然な仮名遣いだからではなく、まぎれもなく文頭の「い」と 違う発音だから「ひ」なのである、というのには非常な説得力がある。 昔は発声器の形から音の違いを考えたのではないかと思うけど、現在は 音声作成、認識の技術が進んで音の波形から全てを議論できるのだから、 口語を仮名遣いで表すべきだという考えが正しいならば極めて「正しい」 仮名遣いが作れるのではないだろうか。

ただ、作者が観念を言語から独立したものであるかのように扱っているのは 間違いだと思う。英語での思考、ラテン語での思考というのがあるのと 同様に口で話すような思考、文書に書くような思考(、絵を書くような思考、 楽器を弾くような思考・・・)がある。会話と文章は互いに翻訳可能では あっても、それはそれなりの修練と努力を要する作業であると思う。 もちろん新仮名遣いで口で話すように書けば他人に会話したかのように伝わると 言うのは間違いだけど、旧仮名遣いを習得すれば口で話すことを文字にかける わけでもない。この辺は文章表現とギャルげー表現、映像表現 etc の違いという たまに話題になることとも関わる。

このように書かれた内容にはおおむね賛成するが、この本は「正字正かなを使う意義」については 触れてない。そして、現在では新仮名遣いが完全に普及し、旧仮名遣いが 読めない人がほとんどである以上、正字正かなをあえてつかう必然性は 見いだせない。正字正かなの意義として、以下のようなものが すぐに思いつく。

もちろんこれらの意義は逆転させれば新字新仮名遣いの意義となる。 僕は旧仮名遣いを習得する努力を費やすだけの動機を これらの項目から見いだすことはできない。

ついでに言えば、新仮名遣いが音を移せば良いとされたことによって 国語の仮名教育はかなり適当になったのではないかと 思う。(子供を引き合いに出した教育論議はたいていは 教師が楽をするための方法論である)

落ち穂拾い
旅の記録に書き漏らしたことなど。
アルジャーノンに花束を:読了
評判通りの傑作ではあると思う。でも、嫌いだ。

まず、ある種の人々が「これはわたしの事だ」とか 思うたぐいの過去の痛手とか 感情的行動といったセンセーショナルな内容に比べて 書き口が淡白に過ぎて違和感を感じる。ナウシカと 比べて全く作中に作者の影がみえないのも 気持ち悪い。それに関連して、KANONの真琴シナリオを 「アルジャーノンじゃん」と評していたのを見かけたことがあるけど、 KANONだと執拗なまでの(泣き?)描写に作者の悪意と言うか強い意志 みたいのを感じた。アルジャーノンには善意というか、 悪い言い方をすれば宗教的なおためごかしみたいなものを感じる。

宗教的といえば、精神分析的というか サイエントロジー的というべきか、過去の記憶を 思いだし、掘り起こして解決することで完全人へ至ると いうような考えはアメリカでは一般的なんだろうか。 この話の中で愛という名のもとに恋、信仰、情と いったものの成長が混在して書かれ、チャーリイはその 果てに悟り(あるいは啓示)へ至り墜落する。 たとえば小松左京の「果てしなき流れの果てに」の ラストの絶望と希望、あるいはキェルケゴールの思索の末の 絶望と救いとしての信仰といった、僕が慣れ親しんだ 考えとはだいぶ違う。

この話にのめり込めなかった理由の一つは初めからオチを 知ってためではある。ちょうど真ん中、チャーリイが 自分の運命に気づくところからしばらくは筆の滑りが 異常にいいし、そこで乗り切れていればもっと 面白かったかもしれない。でも、善意の……あるいは 行動思考すべて理解可能な登場人物と読者にとって 了解できる内面をもった主人公の物語というのは どうにもこうにも虫が好かない。嫌いだ。

風の谷のナウシカ:読了
宮崎駿萌えな人はいいんだろうけど、臭すぎてつらかった。

しばらく泊めてもらっていた宿主の持ち物を暇つぶしに 読んだもの。

まず、最初の方では人間と敵対する自然をも愛するナウシカと それを征服しようとする人間の戦いが描かれる。それが、 いつのまにやら(自然を征服しようという技術を提供していた) 旧文明と現代人の戦いということになって、理想論的な 旧文明を滅ぼしてハッピーエンド。途中で「自然」の位置づけが 転倒してナウシカは人間側に立つようになるんだけど、 人間を滅ぼそうとしている自然というのを旧文明という 妙な形で代表させてしまったせいで、初めの対立は全く解消されない。 「私たちは滅びない」みたいなことをナウシカが言うんだけど、 菌類によって滅ぼされようとしている現実は人間の意思なぞと 関係なく進むはず。

それから、初めから設定はできていたんだろうとは思うけど、話が進むにつれて 登場人物の共有する世界が変容していくのが非常に気持ち悪い。 ナウシカの一人称で語られる世界の変容ならば不思議はないんだけど、 新しく読者の前に設定が明かされていくと同時に、その設定が 登場人物たちの常識と化してしまうので変な気がする。まるで 夢見る人の意思で変容する可塑的な夢の世界みたい。

あと、この人は愚民を導く指導者とかいうのを信じているんだろうか。 ナウシカがなんか唾みたいのに包まれて人々の集会の前に現れたときに それを求める大衆をみて、僧が「見せるんじゃなかった」という 場面があるんだけど、それをみてそう思った。逆なのかもしれないけど、 民衆と指導者(あるいは主要登場人物)を対立するものとして 捉えているのは確かだと思う。

読点
蛍さんのWind評。 文章の直しを見る限り、最近のダメ文章に慣れてないだけではないかと 思います。
直す前の文章を見る限り、作者は「口で言葉を吐くように」文章を書いています。
わかりやすいところで冒頭の文章を引用すると
 目的の駅まであと、1時間弱はかかるはずだ。
→目的の駅まで、あと1時間弱はかかるはずだ。
なぜ「あと」の後に読点が打たれているかというと、読点が文章を口に出すときの 息継ぎの印だからです。読点は文語文法の道具であるはずなのですが、 国語の授業で読点を息継ぎであると習った覚えが あるので、このような読点の使い方が口語文法として間違っているとは言い難いと思います。
僕自身は「私の國語教室」じゃないけど 「言うように書く」というのは文章の書き方としては馬鹿げた方法だと 思っています。しかし、それにもかかわらずこのような文法は既にある程度世間に認められていて、 また読み上げる文章としてみた場合にはそれなりの 意義があるのではないかと思います。
KNS花見
日記は出会い系サイトだったらしい。

気がついたら昨日は比叡山に登っていて、京都に着いたのが 夕方の5時。もう間に合わないのでゆっくり伊勢丹で 土産を買って、1時間ほど遅れて待ち合わせ場所に到着する。 当然だれもいないし、天満橋のあたりはどこもかしこも桜 だらけで適当に探して見つかるとも思えない。
さて、どうしよう、難波にでもいくかと思ったところで マンガ喫茶が目に付いて、ネット接続目当てで 入る。そしておもむろにttsshをインストール、 ircに入ってglobalの%日記者とか%mobiledevとかで 「KNS行きそびれたよー」と騒ぐ。すると、ありがたいことに おさかなさんに連絡が取れて合流に成功した。しかし、 無線LANでつながれた(AirH"で外にも接続)多数のパソコンが 桜の下にあるってのもさすがだ。
合流してみればみんなガタガタブルブル、熱燗を! 暖かいおでんを!という状態、そこからだんだんと人が 増え、暖かいものも増えで1,2時間は騒ぐ。 ちなみに自己紹介しなかったから誰が誰だかさっぱり(汗。 ま、いいけど。
そして、(去年も同じだったらしいけど)二次会の喫茶店が 見つからなくて難民化。そしてようやく京橋で入れるところが みつかったところでタイムアップ。うぐぅ。まあ、あそこで 腰を落ち着けていたら帰りが間に合わなかったかもしれない からちょうどよかったといえば良かったんだろう。
ワレ、帰還セリ
あー、楽しかった。

普通に切符を買って電車に乗って、改札でSUICAを使えることに 気づいて東京に戻ってきたことを実感。電車で揺られながら この1週間を回想し、あらためて旅が終わったなあと思う。
やっぱり、年に一回くらいは全部忘れて、こうして旅に出ないとだめだ。

3月29日

明日のはなし
お天気しだいだけど、難波、日本橋あたりをうろついて 日が暮れたら帰る予定。
そういえばKNSとかはないだろうか。あるとしたら、夜に飲むだろう ことを予測して明日の宿を貸してくれるひと募集
吉野へ
どこにいこう、と五秒ほど迷った末に奈良に決定、ガイドブックを 見て吉野に行くことにする。時間があれば葛城も。 そして、ロープウェイの最終便で 下界に戻って終了、とおもったら電車の時間待ちに食べようとした 桜アイスクリームを半分くらい地面に落としてしまい、最後に 味噌をつけた。
月といえば 今日の夕方に鴨川から眺めた山際の月も驚くほど大きかったです。大きさが変わるのは 比較対象があるせい(たとえば太陽の視野角は15度だから4km先の 山と比較すれば太陽の大きさは1kmあると認識される)だったはず。

3月28日

旅の記録(2)
京都をうろうろ。まずは嵯峨野。
とりあえず遅い昼飯の後、どこに行こうか迷った あげくに伏見の七名水巡りに繰り出す。 ここからは二駅先に移動。 途中、商店街の店頭で縮緬湯葉を売っていて激しく購買意欲をそそ られるも、先行きを考えてあきらめる。 最後、日の暮れる中を城南宮へ急ぐ。電車ではかなり遠回り なので、勘を頼りに沈む太陽を目指してすすむうちに完全に日は 沈み、真っ暗。ぜーぜーはーはーいいながらたどり着いて 肝心の水はといえば、えぐみを含めて無味なんだけど 後味がいまいち。
全体に、突発だったのに7つすべて巡り終えたのはわれながら 感心。同行者がもっていた微透過液晶のノートパソコン(Lavie。 内蔵バッテリで10時間くらいもつらしい)にインストール されていた地図ソフトと歩きながらネットを駆使して集めた 情報の勝利だろう。ただ、今回のでザウルス+うなぎの特に 画像がからむときの低速さも痛感。ブラウザがわるいのか、 モデムドライバとかが悪いのか・・・

3月26日

旅の記録
ホテルで自転車が借りれたので、草津の駅からふらふらと 琵琶湖の方へ向かってみる。
予定を2時間ほどオーバーして、前半のセッションが聞けず。うぐぅ。

3月25日

触手部
squidってセキュリティホールを塞ぐ ことできましたっけ?

部活といえば、式子のポエムと奴の部活部活ってのは同値なんだろうか。眼鏡さんだし。

3月24日

お買い物
昨日の散財
日本橋のソフマップにて。うぅ、お金が・・・

3月22日

忘れ物
カタログとチケット予稿集と名札を筑波に 忘れてきたことにいまさら気づく。サークルチェック 発表のチェックができないじゃないか。
ま、なんとかなるか(汗)
旅に出ます、探さないでください
ようやく学会のOHP作りも終わって、発表まで終わらせた気で 気分もうきうき。鞄に未読の文庫を山と積め、ザウルスには KANONを忘れず入れて、明日からは楽しい関西旅行。ま、 ssh が使える環境なら日記もメールも使えるからネットから隔絶するわけでも ない。
昨日の嵐はちょうど満開だった桜にはたいした影響を与えなかった ようで、上野公園はどっとくりだした人でいっぱいだった。 とはいえ桜並木というのはおもしろくないもので、 どちらかというと不忍池に垂れ下がる桜の枝とか 抹香臭い弁天堂の脇に佇む老夫婦なんてのが おもしろい。酒が入るとまた違うんだけど、 それはそれで花より団子ってだけか。

3月21日

砂あらし
ねこぽんさんとこから ひたちなかの砂あらし。 つくばもすごかったです。歩いていて顔に砂がぶつかって痛いしまともに目も開けられない、 ちょっと外に出ると身体中砂だらけで花粉症の涙をぬぐうとティッシュに泥の色が付くという……
遅刻
友人の研究室で、卒論発表を寝飛ばしたやつが出たらしい。
よっしゃ!(←なぜ?)

ちなみに、先輩が代わりに発表して大したおとがめ無しだとか。まあ、 そんなもんか。

くっ、 俺の過去を覚えている男がいようとは……(←当然です)
ちなみにあれは、友人に「就職するならともかく、先生がみたらどうするんだ」と真顔で諫められて さすがにネタにするのはまずいかと抹消したものです(汗
リンク修正
日付けが間違えているのを指摘されたので修正。 ありがとうございます>やまぐうさん
くびわのおんにゃのこ
ReNNのパッケージをあけて、マニュアルなんかの余りの凝りように 驚く。内容も知らないで買ったんだけど、育成ゲームみたいな かんじなのかな。
ちなみに秋桜はごくごく普通のパッケージだった。まあ、 外装はまさに「飾り」にすぎないわけだけど。
うなぎ
今までの64k best effort と比べるとちょっと もたつく感じがする。まあ、文章主体でウェブを見る分には 端末の回線速度よりインターネット内の混み具合の方が ボトルネックになることが多いから、そんなに 気になるほどじゃない。
あと、アンテナの感度が若干低い。これは人間の体や 端末のすぐ近くにアンテナがある以上しかたないんだろうけど、 銅線かなにかで尻尾つけたほうが感度が良くなるかなあ。
お買い物(2)
OHP作りが〜終わらない〜
うっかりして財布の中身が空になってしまった。 祝日なんて嫌いだ〜
お買い物
散財しまくり。ここんところお金の申請書書きと 学会用に結果を出すための実験で余裕がなくなっていたけど、 その圧力がなくなって暴走気味かも……
来週は滋賀の学会のついでに京都大阪をあたりうろつくつもりなので、 CFE-02はモバイルでのお金の節約用。うちの下宿は固定電話がないから、パソコン用通信手段の 確保としてSlipper U。まあ、下宿にはパソコンもまだないんだけど、パーツはだいたい 揃っているので学会終わって暇が出来たら新しいパソコンを組む予定。 ちなみに研究所の廃棄物品で古いディスプレイを拾ってきたので 大画面!21インチディスプレイにPentium4 1.6GHzというこの前のベンチの雪辱を 果たすマシンが組める……かもしれない。ディスプレイカードが古いからダメか。
そしてパソコンを組めばエロげーをやるのは物の道理というものなので 安売りしていたReNNと最近日記系で話題らしい(?)すずねえ……じゃなくて秋桜。 家族計画も考えたけど、加奈も積んであるので……ってそういえば青空も 積んであった気が。ま、いいか。
季節感(2)
ひさしぶりに東京に出たら、上野公園をよっぱらいオヤジとカップルが 占拠していて驚く。そしてよくよく見てみれば、桜はほぼ満開。 ここ2週間くらい忙しくて花をみる余裕もなかったから気付かなかったけど、 本当にもう春なんだなあ。
そして大学いって秋葉原いって、帰り道に上野の広小路のあたりで花束をもった セーラー服の女の子とかがいるのをみて、卒業式シーズンでもあることに 気付く。昨日は研究所のサヨナラ・パーティで記憶なくすまで飲んでたり するのでどこもかしこも別れの季節ってことなんだけど、これもまた 不意打ちをくらった気分。

3月18日

季節感
1週間ともたずに生ごみが臭くなるようになった。 そろそろ煮物は冷蔵庫に保存するべきか……
なんてことを美味しそうなこぶしの花を眺めつつ思う今日このごろ。

3月17日

正字正かな変換
C++ に書き直してみた。KANON 全文(1.7M)を変換するのに
jagarl% time drpl < kanon_t > kanon_t1
36.985u 0.195s 0:39.05 95.1%       15+2521k 32+16io 9pf+0w
jagarl% time ./a.out < kanon_t > kanon_t3
3.392u 0.893s 0:04.38 97.7%     30+2200k 0+16io 0pf+0w
	
ということで、10倍程は速くなったみたい。
ついでに xkanon 組み込みもやってみた…… って、画面じゃわからないか。普通にゲームをやるのも大丈夫。\ラバァってのもえっちだな。 あのパートというか、学問話のところは違和感なさすぎます。しかし 正字正かなエッチってのも いいかもしれない。
はやりもの
ベンチらしい。 CFさんのミラー が速いかも(1M/secくらい出た)
 
 
名前Stella3DtotalCPUVideoOSNote
jagarl1710/42739/292384/59130Celeron 700MHzSiS300(マザー組み込み)Win98
正字正かな
ひらしょーさんとこ みてやってみた
まず、正字正かな変換用に drpl をインストール。 とりあえず~/bin に入れる。
	% fetch http://www.yk.rim.or.jp/~tomoto/archives/drpl/drpl-1.04.tar.gz
	% tar xzf drpl-1.04.tar.gz
	% cd drpl-1.04
	(drpl の #!/usr/local/bin/perl を #!/usr/bin/perlに変更)
	% ./drpl drpl -c dic/maruyaex.dic
	% mv ./drpl ./DIC* ~/bin
	% rehash
	% setenv DRPLDIC ~/bin
	(.cshrc でも設定)
次に、xkanon に簡単なパッチ当て。実用的じゃないから本来は drpl を C にするなり なんなりすべきなんだけど。\ フロレアールよりKANONのが違和感があるのが面白いところ。

3月16日

原罪
ふと思いついたこと。
sense off の「SF的背景」……思惟生命云々を意識的に無視してきたんだが、 少なくとも「お前は罪を犯した」という言葉は注意すべきかもしれない。
ベルトホルトも美凪ちゃんあたりで語られる船の遭難もそれなりに充実した 人生とそこからの転落、放浪(、解放)として同じ話の繰り返しと 見ることができる。やろうと思えば成瀬と珠季も同じ枠に入れられる。 彼女らとの話ではしかたのない外的な作用によって転落したとされるが、 船の話ではそれを罪と決めつけられる。\
さらに言えば……というか、こっちのが重要だが、フロレアールにも 同じ構造をみることができる。最初のエピソードで語られるミリアの死を 始めとする罪を話の外のこととし、猶予期間としての日常とそこからの解放……崩壊が語られる。 フロレアールではそこで、「彼女」の存在を肯定することで罪を乗り越えるわけだが、 一方、sense off では二人が一緒になるところで話は終わっている(成瀬と 透子はちょっと捻じれているので単純にそういえないかもしれない)。 さて、彼らは解放されたんだろうか。あるいは、すでに解放される必要が ないからこそそれで話がおわるんだろうか。

うーん、なかなかまとまらないな。難しい。

過去ログ

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